フジミ製シーウェイモデル 特-16、エッチングパーツ付きキット。ネームシップの東亜丸のパーツも同梱され、どちらかのモデルを選択可能。本モデルは喫水線以下のパーツが別パーツとして用意されていて、重油の積載量による満載、軽載時の差を表現できるようになっています。
その他に、ピットロード製の「工作艦 明石用エッチングパーツ」(PE-221)、ライオンロア製の汎用ラッタル・梯子、ファインモールド製メタルメッシュも使用しました。
主なディティール・アップ部分は下記の通りです。
1. 船橋窓は、成形時に抜けていない凹モールド状態なので、すべての窓および通路をドリルとヤスリを使って開口しました。
2. キットの船橋形状が奥行きがなく扁平すぎてスケール感に乏しいので、床幅等の構造全般を全面的に作り変えました。
3. 錨鎖はモールドを削り、フラグシップ製極細チェーンで細密化。
4. 船体前後に設置されている錘量計、旗棹、艦橋部天幕支柱を、真鍮線を使ってあらたに追加。
5. 前後マストからの張り線および空中線はMODELKASTEN製 0.07mm金属線を使用。
6. 船橋右ウイング上に、在庫していたエッチングパーツの信号灯を設置。
7. 同じく船橋上の探照灯をファインモールド製透明パーツに変更。
8. 船橋左右舷側に航海灯を追加。
9. 艦橋部及び後部ボートデッキ部にエッチング手摺を追加。
10. 中央デリックポスト左右クレーンおよび操作ワイヤーを「明石」用エッチングパーツから流用して追加。正直、長さが少し足りないです。
11. 前後マストの計4本のデリックワイヤーを同じく「明石」用エッチングパーツから流用、追加。
12. 甲板上に給油管およびワイヤー類を0.5mm鉛線および0.2mm真鍮線で各2セット作成して追加、戦線を転戦する雑然とした状況を再現。
13. 被給油艦との接触防止用の防舷材をファインモールド製メッシュパーツとランナーで作成して、甲板上に7セット、ランダムに追加。
また、純正エッチングキット内容は、下記の通りです。
1. 前後キャットウオーク
2. 甲板周囲の手摺
3. 甲板上ハッチ上部
4. 探照灯台座
5. ハッチ前部補強材
製作に当たっては、岩田多四郎氏著「戦時輸送船ビジュアルガイド」(大日本絵画発行)及び「NAVY YARD」関連各刊(大日本絵画発行)を参考にしました。
日本海軍は1937年より、有事の徴用を前提にした「優秀船舶助成施設」という補助政策を実施し、民間に高性能のタンカーを開発させました。これにより、神戸川崎造船所で多くのタンカーが建造され、太平洋戦争に徴用されて活躍しました。
「神国丸」は1934年に完成された「東亜丸」をネームシップとする次世代型の流れを汲むタンカーで 1940年2月に空母「瑞鶴」建造中の神戸川崎で、後回しにされて遅ればせながら竣工、アメリカからの原油輸送に従事した後、1941年8月に徴用され、機動部隊付給油船となり、開戦とともに真珠湾攻撃に参加しました。
総トン数10,018トン、長さ153.4m、8,000馬力、速力19.28ノット、8cm高角砲 x 2門装備。
その後も、機動部隊と共に、珊瑚海海戦やミッドウエー作戦等で活躍をしましたが、1944年2月17日、連合艦隊撤退後のトラック島で停泊中に、アメリカ空母機の空襲で沈没しました。誕生時から沈没するまでの短い4年間の生涯、帝国海軍の全戦闘は、目立たず日の目も当たらない位置で常に支え続けた、神国丸のような補給艦の存在なくしてはあり得なかったとあらためて思います。
ミクロネシア連邦、チューク環礁(旧トラック地区)には、当時沈没した「神国丸」や「平安丸」その他多くの艦船が海底に眠り続けていて、現在では人気のダイビングスポットとして、多くの観光客を集めています。